脱会者の声

偽メシアの呪縛から解放されて

   ――イエスの部下として働ける喜び!        (元・統一教会会員)

 

私は16歳から70歳まで、“統一教会”の信者としての人生を歩んできました。高校1年の時、兄の勧めで入信するようになりました。私には兄弟が5人いますが、4人が統一教会の信者で、私も教会活動に参加するうちに「この罪悪世界を神の願われる理想世界にしたい」と思うようになり、高校卒業と同時に献身しました。以来、一人で開拓伝道に出たり、反共活動の演説をしたりしてきました。

 

一番印象に残っているのが、10人程の姉妹とマイクロバスで寝起きをして、早朝から深夜まで、キーホルダーのような小物を売りながら、日本の北から南まで3年近く歩いたことです。“神のみ旨成就のため”という一念でしたが、実績を上げようとして、今から思えば強引な販売をしてきました。「大善の前に小悪は許される」と指導されたものの、いつも心に葛藤がありました。26歳の時、教祖(文鮮明)によってマッチングを受け結婚しました。教会では、これによって原罪が清算されるという、信者にとっては重要な儀式でした。

 

その後、夫がイスラエル宣教師に任命され、私は57歳まで夫と共にその地に滞在しました。現地で6人の子供が生まれ、私は子育てと経済的自立のために、手作りのアクセサリーの訪問販売をして家計を支えました。イスラエルは日本と違い、値切らなければ買わない文化でしたので、半額くらいにされることもよくありましたが、生活に必要な最低限のお金は、なんとか得ることができました。夫はソ連崩壊後、ロシア宣教に行くことになり、シベリアのヤクーツクへ赴きました。6人の子供を抱えた私は、現地の教会のメンバーと共にイスラエルに残りました。

 

そんな時、教祖夫人(韓鶴子)がエルサレムのホテルで千人ほどの聴衆を集めて講演をすることになりました。イスラエルはユダヤ教の国なので、キリスト教の伝道は違法で、新約聖書を読むことも禁じられていました。そのような所で、どうすればそんな大会ができるのか、全く分かりませんでした。予想通り、ホテルの前でユダヤ教徒のデモが起こり、予約はキャンセルされ、大会を請け負った地元の責任者は批判を恐れて失踪してしまいました。急きょ、アラブ地区の小さなホテルで50人程が集まり、ささやかな集会を行いました。教祖夫人は、現地の事情を全く知らず、命令さえすれば何でもできる、と思っていたようです。

 

その後、イスラエルでの滞在が難しくなり、私たち家族は日本へ帰国しました。日本に戻ってみると、教会は経済活動が中心になり、「先祖を解怨(かいおん)することで救われる」という御利益信仰に変わっていました。また、教祖の家族に対する醜聞を知り、教会に対して疑問を抱くようになりましたが、それは私たち信徒の信仰が足りないからだと言われました。統一教会に失望を感じながら、兄弟との関係や友人との繋がりを壊したくないという思いから、ずるずると教会に留まっていました。脱会することは、自分のすべてを否定するように感じられて、信仰心のない無気力な状態で教会に残っていました。夫も信仰に対する熱意を失い、廃人のようになっていました。

 

そんな時、「スピリチュアリズム普及会」のホームページに出会い、『シルバーバーチの霊訓』を知りました。普及会のホームページと『シルバーバーチの霊訓』には、今まで知らなかった本物の霊的知識が書かれていて、読み進めるうちに、頑なだった私の心が解放されていきました。霊的真理・霊的知識が、乾いた魂に染み込むように流れ込んできました。「地上に生まれてきた人間で、間違を犯さない者は一人もいない、完全な者はいない」というシルバーバーチの言葉に心底、納得しました。

 

統一教会は、自分たちの教えだけが真実であり、それ以外に救いの道はない、と説いてきました。この考え方こそが、信者たちを盲信・狂信へと駆り立て、神の願いとはかけ離れた“霊的牢獄”に縛り付けてきたことが分かりました。教団にいた時は自分が盲信しているとは思っていませんでしたが、スピリチュアリズムを知って、統一教会の間違いをはっきりと理解することができました。

 

私は今、間違った宗教の呪縛から解放された喜びのなかで日々を送っています。スピリチュアリズムの霊的真理を指針に、霊的人生を歩めることを心から感謝しています。私は、「自分が手にした真理を一人でも多くの方と共に分かち合いたい!」と願い、夫と共に「読書会」を開いています。私たちの読書会が、宗教との関わりのなかで悩み、道に迷っている方にとっての安寧の場となることを、心から願っています。

                           宇留賀 美恵子(70代)